今日はゾウ明日はライオンってな具合に
オンラインゲーム「ミックスマスター」に関するブログです。 絵を描いてみたり、麗夜さんを褒めたりしたいと思います。
201707<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201709
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
信長の野望・天道(今川編7)
東北を制覇し、武田の西への進攻を抑えるために兵力を投入し、速攻で西へ攻め込む今川軍。



2013-04-23-214714.jpg


六角滅んだー!




2013-04-24-195821.jpg

足利滅んだー!



2013-05-07-221426.jpg


浅井滅んだー!



2013-05-31-170449.jpg



着々と近畿を制圧する今川軍に対し、脅威を感じた三好家はなんと朝廷を使って強制的に同盟を結んできます。


これによって今川、武田、三好の同盟が成立し、日本の9割はこの3家で制覇している状態となりました。


1つの城に対して約10万の軍勢で攻め込み、なおかつ攻めてくる武将が上杉謙信、徳川家康、織田信長、豊臣秀吉などの最強軍団なため、西で覇権を握っていた尼子家は為す術もなく敗退し領土を削られていきます。


2013-07-05-170428.jpg


2013-07-06-144747.jpg


というわけで西は月山富田城まで制圧。

そして後は三好とバッティングするので三好と領土を分け合おうと思いましたが、ここで三好家にクーデターが発生し、松永久秀が乗っ取りに成功してしまいます。

松永家になっても同盟は続くため、松永家との同盟が続く間は西への進攻は控え、残り12ヶ月と迫った武田との同盟期限切れの後の決戦に向けて軍備を整えて行きたいと思います。


スポンサーサイト
信長の野望・天道(今川編6)
武田との同盟期限が切れ、緊張が走る両家。

そして名軍師太原雪斎がこの年に死亡し、大国に膨れ上がった今川家を指揮できるのは義元のみとなり、体制にほころびが出始めます。


2013-04-09-214322.jpg
2013-04-09-214554.jpg


そのため再度同盟をしようと持ちかけるも断られる始末。

しかし安東家と大崎家が度々今川領を侵食し始めている状況に対応するにはもう少し武田と同盟を延ばし、大軍を集めてこれを討つのが望ましかったため諦めずチャレンジします。

すると


2013-04-09-215126.jpg
2013-04-09-215134.jpg



今川義元の娘、関口瀬名を人質として要求して来ました。

史実では松平元康の嫁になり、今川家の遠江支配の重要な一役を担った人物です。


武将として育ててしまったので姫として縁組させることもできなかったため、人質ぐらいで同盟が結べるなら安いものと考えこの要求を快諾し、再び武田と同盟を結ぶことに成功します。




2013-04-10-144519.jpg


そんな折に安東軍が再び今川領内へ侵攻。


2013-04-10-144934.jpg


今川領内の町並みを制圧するために進軍したこの軍が、目的地に差し掛かろうとしたところで今川本軍が出撃。

安東家の支城を攻撃にかかります。


2013-04-11-164011.jpg


慌てて引き返した安東軍でしたが、今川本軍の数は安東遠征軍の倍近くあり、遠征の疲労により士気も低下していた安東軍は城との挟み撃ちを狙いますが、待ち構えていた今川本軍の総攻撃に遭い、あえなく全滅。

大名の安東瞬季はこの戦いで討ち死にし、安東愛季が跡を継ぎます。

しかし残った軍勢は支城の3000。

2013-04-11-164131.jpg


消耗したとはいえ12000はまだ残っていた今川軍の攻撃を防ぎきれず、籠城戦の末捕らえられてしまいます。


2013-04-11-164730.jpg


殺すのもあれなので今回は解放します。



2013-04-11-164805.jpg


2013-04-11-164808.jpg


支城にほぼ全軍を集中させていた安東軍は、その戦力を失ったことで、本城である檜山城には3000の兵力を残すのみとなりました。



2013-04-11-165533.jpg



頼みの綱は同盟相手の蠣崎家の石川城の19000の戦力のみ。


2013-04-11-165603.jpg


兵力も41万に膨れ上がった今川家は武田との同盟により、東北戦線に15万ほどの大軍を投入することを決断。


2013-04-11-203501.jpg


名生城に93000の兵力を集めて、ここから6万の軍勢を送り込んで大崎家の攻略に挑みます。



2013-04-11-204100.jpg
2013-04-11-204225.jpg


そして同時に風前の灯の安東家にも軍勢を差し向けます。

蠣崎家はすかさず援軍を送り込もうとしますが


2013-04-11-204820.jpg


2013-04-11-204842.jpg

安東家滅亡。


2013-04-11-205951.jpg


そして6万の大軍と忍者による混乱を受けた大崎家2万は数の暴力の前にはどうすることもできずに敗北。


今川家を苦しめ続けてきた両家の討伐に成功します。



2013-04-11-210028.jpg



こうして残す東北の大名は蠣崎、南部、上杉となり、戦略を練ってたところ。


2013-04-12-164229.jpg


バカな南部は蠣崎家の領土を狙ってほぼ全軍を出撃させていました。

この機を逃すはずもなく今川家はさらに出陣し、南部領に迫ります。


2013-04-12-214702.jpg



攻撃を中止してくれと懇願されますが、いずれ潰すためにこんな提案は却下。


2013-04-12-214951.jpg


今川軍が迫る中、バカな南部晴政はその後も蠣崎家の領内へと進軍し続けました。


2013-04-12-215129.jpg


そして全力で蠣崎家と戦い、兵力が3割ぐらい消耗したところで撤兵。


2013-04-12-215120.jpg



そして帰る途中で居城の三戸城は今川軍の手に落ち、南部滅亡。


これによって東北は蠣崎家2城と上杉家1城だけとなり、ついに長かった東北戦線も最終局面へと向かいました。


>>続きを読む
信長の野望・天道(今川編5)
2013-03-27-173243.jpg


破竹の勢いで関東を制圧し、東北まで制圧しにかかった今川家。

近畿は清州城を落城させられた織田家と斎藤家がその後も度々領土を削り取ろうとちょっかいを出してきますが、今川家の反撃によりことごとく撃退されていきます。


兵力も20万を超え、名実ともに最大勢力の今川家は2番手の武田家との同盟もあり、両家で30万超の兵力を有する大勢力となりました。

もはや残る勢力は食われるのを待つだけと思われた矢先についに事件が起こりました。


2013-03-28-124729.jpg
2013-03-28-124737.jpg
2013-03-28-124747.jpg


織田と足利が合併し、足利家に統合されて我が今川家に宣戦布告してきました。



2013-03-28-124754.jpg



2家合わせて3城、兵力は4万程度。

既に清州城、岡崎城で10万ほどの兵力を持つ今川家にとっては何の脅威でもありません。


2013-03-28-124807.jpg



これによって再び清州城奪還に向けて兵を差し向けてきた新生足利家でしたが、数の差の前にはどうすることもできずに撃退。

さらに返す刀で今川家の逆襲に遭い、霧山御所を奪取されてしまいました。

これによって足利家は2城に転落。

兵力も3万程度に減少してしまいます。




2013-03-28-200633.jpg



東北でも快進撃を続ける今川家は最上を滅ぼし、さらに伊達の領土も奪いながら、群雄割拠だった東北戦線に大軍をもって乱入して東北を制圧していきました。


ですがここでついに恐れていた自体が発生します。


2013-03-28-211507.jpg


2013-03-29-215253.jpg



東北の諸勢力と近畿の勢力によって打倒今川包囲網が形成されます。


参加勢力は、足利(織田)、上杉、安東、大崎、南部、蠣崎、六角、斎藤、蘆名。

数では上回るものの、上杉謙信や織田信長、足利義輝などのチート級の強さを誇る武将が兵を率いてきたら、倍以上の戦力で当たらない限りは勝てないのと、戦線が伸びきった今川家にとって、補給が追いつかない状態のため、今川家が優勢ながらも小競り合いでは負ける状況も出てくることになりました。


こうなったら時間を掛けて保有する領土の広さから内政に力を注ぎ、ゆっくり攻め込むスタイルで戦う方針に転換しようとしたところ、さらに異常事態が発生。


2013-04-06-162617.jpg



残り期限の迫った武田がもうお前とは同盟しねーから!という態度を見せ始めます。


もし武田家がこの打倒今川包囲網に加わってしまうと、戦場が今の4箇所ぐらいから、一気に10箇所ぐらいにまで膨れ上がる可能性があり、その分兵力を割かなければならず、今後かなり苦戦を強いられることになります。



2013-04-01-201650.jpg


再びピンチになり始めた今川家。

しばらくは防戦しながら反撃の機会を伺うことにします。


>>続きを読む
信長の野望・天道(今川編4)
2013-03-23-172206.jpg


里見を攻略し、西は遠江、東は下野まで制圧した今川軍。

横に広がる形となってしまい、兵力は最大勢力ながら、軍を2分せねばならず、総兵力ほどの力を発揮できない状況で勢力を拡大中です。



2013-03-23-231028.jpg


続く佐竹攻略戦では、お決まりの戦法となってしまった近場での城の築城により敵領土を侵食し、準備が整えばすぐに攻撃する形で関東の勢力を蹂躙していきました。


2013-03-24-184512.jpg


道を削って進軍を阻もうとしますが、この近さでは効果もなくあっさり攻撃。


2013-03-24-184904.jpg



2013-03-24-184935.jpg


2013-03-24-185514.jpg


今川義元2万に加え、岡部元信12500を追加投入して手のうちようがない佐竹氏はここで滅亡。

全員捕えて今川の部下となります。




2013-03-24-185739.jpg



北関東も今川家の支配下へと入っていきます。




ここで西に目を向けると


2013-03-24-221251.jpg


斎藤道三が武田の城を攻略するために兵を投入したため、清州城に大規模な援軍が出せない状況が生み出せれていました。


2013-03-25-164728.jpg



ここで3万の軍を興し、清州城攻略へと進軍。


2013-03-25-164732.jpg



2013-03-25-164922.jpg


史実なら桶狭間の戦いが起きる状況で、過去作では強制的に今川義元が従軍することになり、信長に討たれるというイベントが発生したりしましたが、今川義元は参加していない上に名軍師太原雪斎がまだ存命であり、織田家当主もまだ織田信秀のままだったために、桶狭間の戦いが起こることもなく清州城を無事攻撃。


2013-03-25-165146.jpg



しかし予想外に明智光秀が斎藤家から援軍として参戦。


2013-03-25-165307.jpg


大して強くもない今川軍と激闘を演じ、今川軍から2人捕虜をとる戦果をあげました。

しかし清州城は残る今川軍の猛攻により耐えることができずに陥落。


2013-03-25-165602.jpg


光秀は鮮やかに撤退していきました。


2013-03-25-171727.jpg


これによって斎藤家と織田家を分断することに成功。

どちらもまともに戦っては勝てない相手のため、西部戦線はしばらくは清州城を防波堤にして軍備増強し、東部戦線はどこが一番最初に東北を平定するかが注目になる戦いが繰り広げられていきます。

>>続きを読む
信長の野望・天道(今川編3)
では今回は前回果たせなかった北条攻略からです。



2013-03-22-143310.jpg


まずは興国寺城から今川義元、太原雪斎率いる17000の兵が小田原城へ向けて出陣。

町並みを制圧しながら進軍します。


2013-03-22-143259.jpg


そして南からは井伊直盛の12500の軍勢が迫ります。


2013-03-22-144354.jpg


さらに風魔忍者にも支援を頼み準備万全の状態で小田原城に迫ります。


2013-03-22-143829.jpg


対する北条は先の今川、武田との戦闘で兵力は7000ほどに減少。

勝ち目がないと見て再び停戦の使者を派遣してきますが、今回は小田原城攻略がメインのためこれを断り決戦へ。


2013-03-22-145410.jpg
2013-03-22-145308.jpg
2013-03-22-145400.jpg


いかに堅城小田原城といっても周囲の防衛施設を破壊され、3倍の兵力で襲われるとどうすることもできず今川軍の猛攻に晒されます。


2013-03-22-145530.jpg
2013-03-22-145715.jpg


戦法発動によりみるみるうちに小田原城の兵力は削られ

2013-03-22-145730.jpg


ついに陥落となり、北条家の軍師北条幻庵を捕らえることに成功します。



さらにこの間、西の松平家の兵力を活かし、織田家の領地を削り取ろうとちょっかいを出しましたが


2013-03-22-164754.jpg


2013-03-22-165331.jpg


斎藤道三が2万の兵を率いて支援に駆けつけたために断念。


2013-03-22-170227.jpg



そしてこの間、織田は北畠を攻略し、徐々に勢力拡大をしている模様でした。

斎藤道三との同盟もあるため、西に勢力を伸ばしていくと厄介な存在になりそうです。

西では三好も近畿を中心に勢力を拡大中なので、潰し合いをして時間を稼いでくれるとありがたいです。



2013-03-22-170504.jpg


小田原城の奪取により4城を支配することとなった今川義元。


次のターゲットは太田家とし、再びじわじわ領地を削りとりに行く作戦で侵攻し始めました。


2013-03-22-214344.jpg
2013-03-22-234000.jpg


城を築いて周りの町並みを制圧していくも反撃が来ません。

それもそのはず


2013-03-22-215146.jpg


同盟の武田信玄が北条の残りの城と太田家の居城を攻撃し、これをあっさりと制圧してしまいます。


2013-03-22-234007.jpg


続いて東の里見家を狙いに再び道を敷いて築城し、領土を奪いに掛かります。


2013-03-23-105508.jpg
2013-03-23-110235.jpg


大した抵抗も受けず、これによって古河御所と里見家居城の久留米城との連絡路が分断されてしまいます。



2013-03-23-110251.jpg
2013-03-23-110251.jpg


そしてこの隙を逃さず北の古河御所を武田軍が攻撃。

南の久留米城を今川軍が攻撃し、両家による里見領の分断が始まります。


2013-03-23-111926.jpg


今回は武田軍が古河御所を制圧する前に、古河御所所有の町並みを先に制圧し、領土を削り取る作戦も同時に展開しました。


2013-03-23-112224.jpg


そのため武田軍が古河御所を制圧する頃には今川軍がその領土の大半を制圧してしまったために、ほとんど城だけを手に入れた形になり、武田にとってあまり旨みのない戦いとなった感じでした。


2013-03-23-112355.jpg



そしてすかさず今川軍も久留米城を落城させ、これによって上総下総の大半を手に入れることに成功。

駿河、三河、遠江、相模、武蔵、上総、下総を支配する大国へと成長しました。


しかし同じく武田信玄も強大になりつつあり、また北には上杉謙信が、九州では大友宗麟、中国では大内義隆が力を持っており、一つが抜きん出た時点で大きく飲まれる可能性があるため、まだまだ気が抜けない状況が続きます。
copyright © 2017 Powered By FC2ブログ allrights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。